観光ガイド

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慈恩禅寺

観る

郡上八幡・乙姫町(地区名)

更新日

町民の通称「慈恩寺さん」は、正式には鐘山・慈恩護国禅寺と言い、慶長11年(1606)八幡城主遠藤但馬守慶隆公によって創建され、自ら京都臨済宗妙心寺の円明国師という高僧を訪ね、その高弟半山禅師を迎えられた由緒あるお寺です。
山門は、明治26年の山崩れでお寺のほとんどが埋まってしまった時唯一残った門で、お庭も裏山が崩壊するまでは、今の三倍ほどの広さを持った室町様式の庭園でしたが、残るお庭「てっ草園」も四季の趣が実に見事です。
 ※お庭については慈恩禅寺公式サイトをご覧ください。

門をくぐると、右側に通称ウスシマ様「烏枢沙摩明王(うすしまみょうおう)」をお祀りしてあるお堂があります。
このお堂には、南無観世音菩薩と千体地蔵尊も祀られており、大晦日にお堂の中が一般公開されます。
また、千体地蔵尊は高さ10㎝にも満たない小さなお地蔵様が100体ずつ10段にズラリと並んでワンダフルの世界!!
扉の隙間から覗いてみてください。

こちらは、名庭てっ草園を宝物殿のあるお庭から見た風景です。
一般にはこちら側からの景色を観ることはできないのですが、宝物殿を観る機会がある時にはぜひ。

奥に見えるのが宝物殿です。
左側の木に隠れている建物がお茶室ですが、高貴な老師をお迎えした時に使われると聞いています。

この他、お墓の一番高い所に歴史にゆかりの塔所や墓碑があります。説明の看板があるので一目瞭然です。
山内一豊・千代ゆかりの塔所の他、戊辰戦争の折会津若松藩の白虎隊に加勢して、郡上からも凌霜隊が会津若松城で戦いました。
その隊長、朝比奈茂吉をはじめ、家老の墓碑もあります。
観光の際には、本堂やお庭の他こちらもお訪ねいただければ、郡上の歴史を知っていただける一助となることでしょう。

 

公式ホームページ:https://jionzenji.com/index.html